タイ 成長の理由
1855年にイギリスとのあいだで通商条約が結ばれ、1869年にはスエズ運河が開通しました。
この動きはタイ米の欧州への輸出を可能にするものとなりました。
しかし欧州での需要には限界があり、それだけでは、米が大きなウェイトを持つにはいたらなかったでしょう。
重要な契機は周辺諸国の植民地化にありました。
今もマレーシアなどにはゴム、パーム・オイルなどの見事なプランテーションがあり、錫が採掘されています。
現在も大きな経済的意味を持っているとはいえ、いずれも西欧の圧力で、西欧の要請に応える品目の生産に集中しなければならなかったという歴史を物語るものです。
しかし、そこで働く労働者への食糧をどこから得たのでしょう。
答えはタイ米の輸入です。
・・・つまり、周辺諸国の強制的モノカルチャーの成立が、タイの米生産を増加させました。